ここは恵方

それでもやっぱり信じたい

最終更新日:2006年4月

◆私を支えてくれたもの

レイラの事故から2年近く経ち、その子供達を看取った今でも、私はハムスターを飼い続けています。それができるのは、事故の後で信頼できる獣医師に出会えたおかげだと思っています。

事故でレイラを失った後、その子供達を世話しながら「もう動物病院とは関わらずに過ごしたい」と思いました。「レイラの分まで長生きさせてやりたい」とも思っていました。しかし、事故から半年も経たない内に、2匹いた子供の内1匹が病に倒れました。間もなくもう1匹にも体調に変化が見られ、翌月、目の前で突然死してしまいました。残った1匹も発作に怯えながら余命わずかな状態で、「もう動物を飼うのはやめよう。こんな辛い思いには耐えられない」本気でそう思いました。

その私を支えてくれたのは、友人や家族、そしてその時担当していた獣医師でした。もしあの時、レイラの子供達が病院にかかることなく死を迎えていたら、私は二度と動物を飼うことはなかったでしょう。

当時の事はその後の動物病院探し日記などに記してあります。獣医師から受けた傷は別の獣医師によって癒されたのです。獣医師から受けた傷は獣医師にしか癒せないとまでは言いませんが、それが最も効果的なのかもしれません。

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◆諦めないこと

私も含めて、ここに集っている友人達の多くが一度は動物病院で辛酸をなめ、獣医師に許せない気持ちを抱いた経験を持っています。それを何度も経験した人もいるのです。それでも私達は、信じるのをやめません。不幸にも自分は悪い奴に出会ってしまったけれども、必ず良い人もいる。その人と出会えたときに心を閉ざしていたら気付かない、だから獣医師個人に抱いている不信感や憎しみは痛みをこらえて捨て、苦しくても信じよう。そう思っているはずです。

そして、信頼に足る人物と出会ったら更なる信頼関係を築くべく努力しています。どうしてか?動物を飼っている以上は、獣医師は絶対に必要な存在だから。一番大切な存在だからです。

通える範囲内でこれ以上動物病院を探すのは無理だという方もいらっしゃると思います。しかし、「諸行無常」の仏教用語にもあるように、世の中は常に移り変わっていきます。今までなかった物が明日にはできるかもしれません。新しい動物病院ができたり、新しい獣医師がやって来るかもしれません。そんな時、心を閉ざしていたら、目の前にその人が立っていたって気付かないのです。

また、逆に今までいてくれた信頼できる獣医師が何らかの理由でいなくなってしまうかもしれません。自分が転居する事もあるでしょう。そんな時、「もう二度とあんな人には出会えない」と諦めてしまったら、次の信頼を見つけることはできません。

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◆心を開いて信頼を見つけよう

あなたには動物病院を恨む気持ちがありますか?今でも「許せない」と思っていますか?それは仕方のない事だと思います。それを捨てろとは言いません。でも、憎しみに囚われないで。不信は不信を呼びます。獣医師を憎む発言を繰り返していれば、飼い主を罵倒する獣医師が寄ってきます。自分で自分をおとしめてはいけないのです。

獣医師個人への憎しみならば私だって心の底に残っています。もう2度と会いたくない人です。それでも、あの人が全てではないのです。憎しみに囚われて、不信の鎧で武装してはいけません。

辛さは良く分かります。でも、決して心を閉ざさないで。不信のまま終わらせないで。人を憎む生き方はこの世で一番の苦痛だから。何よりも、それでは被害を受けた動物達が悲しみます。彼らの望みは、私達飼い主が幸せであることだと思うから。

もしかしたら、あなたのすぐそばに探している「信頼」が転がっているかもしれません。でも、心を閉ざしていては決してそれは見えませんよ。 諦めないこと。心を閉ざさないこと。人と出会い信頼を築き上げるために一番大切なことではないでしょうか。

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