ここは恵方 [SIDE:B]      過去の日記一覧

ここは恵方 日記帳

2004年3月31日 追伸

彼女の名誉のため、これだけは断言したい。たろもはなも研究に利用されたなどとは決して思っていない。彼女自身もB病院の獣医師に協力を余儀なくされたわけではなく、その強い使命感によって自ら決意したことだ。私の文章が、読んだ人に彼女の人間性を誤解させてしまったら申し訳が立たない。

彼女がA病院に対する恨み言を私に漏らしたことは一度もない。ひどい病院であったことに気付かなかった自分をひたすら責めるだけ。心の中には病院に対する恨みだって渦巻いていただろうに…他人を責める言葉は決して口には出さない。それが「彼女」なのだ。私はそんな彼女が好きだ。

この件に関して、掲示板等人目に触れる場所への書き込みはされませんようお願いします。ましてや、彼女が病院を恨んでいたかのような思いこみによる書き込みは論外です。賞賛の言葉でさえもが針のむしろとなり得る苦しい精神状況をご理解下さい。


2004年3月31日

某掲示板で、フェレットのアリューシャンミンク症が話題になっているとの書き込みを目にした。思い出すのは大好きな友人Kちゃんのこと。

彼女の飼っていた「たろ」はこの病気の症例として研究・発表された。海外では良く知られていたウィルス性の感染症であったが、当時日本ではほとんど研究が進んでいない未知の病気だった。そして、同じショップで買った同じファーム(繁殖場)出身のもう1匹のメス「はな」もキャリアだと判明した。

彼女はとても勉強家で、初めて飼うペットのため購入前からありとあらゆる情報を収集して勉強し、信頼のおけるファーム情報やショップの下見までして調べていた。もちろん飼い始めてからも勉強は欠かさなかった。まだ情報も飼育用品も少ない時代に、通販で良い物を取り寄せるほどのひたむきさだった。

なのに、彼女の愛するたろは死んでしまった。一番大きな原因は、最初に診察した獣医師の怠慢だった。

動物病院の情報だって当然集めていた。そして、口コミ情報その他諸々を元に、高速道路を使って遠くのA病院へ通っていた。彼女の家の近くにはフェレットを診られる病院がなかったから。そこまでして頼った獣医師は全くのヤブだった。ろくな検査もせず、肺炎を起こしていたフェレットを診察して出した答えが「ただの風邪」。適切な治療は何ら為されなかった。

「咳がなかなか引かないんだよね…。」彼女の家に遊びに行ったとき、たろの具合をこう言って心配していた。それから間もなく、たろは深夜に呼吸困難に陥り、急患を受け入れてくれてエキゾチックペットの診療可能な近くのB病院に駆け込んだ。そして翌朝、彼女の腕の中で息を引き取った。その時まで彼女はA病院のことを信じていた。違う病院で違う対処を経験し、初めてA病院のやり方に問題があったことに気付いた。

フェレットが珍獣扱いされるような田舎だった事もあり、そのB病院にフェレットが運び込まれた事自体初めてだったのではないかと思う。決してフェレットの診療に詳しくはなかったが、たろが命尽きるまで獣医師達は尽力してくれたし、獣医師の心に動かされて彼女自身も原因究明に協力した。そして、ウィルス性の疾患であったことが初めて分かった。日本で極めて稀なアリューシャンミンク症が確認され、残されたもう1匹も陽性であることが判明し、今まで原因不明で片付けられてきた突然死の原因解明に繋がると期待された。

発病の恐怖と闘いながら、彼女は後進のためワクチン開発や検査方法確立のためにはなの血液を提供していた。当時日本において、生きているフェレットで陽性が確認されていたのはただ1匹。A病院の獣医師に対する絶望感の内にたろを失い、自責の念に胸張り裂けんばかりだったはず。たろが獣医師達にとって貴重な症例であったとしても、はなが日本中のフェレットの希望だったとしても、彼女にとってはかけがえのない大切な存在。研究への協力がどれだけ辛いことであったか。全てが彼女の胸をえぐるような苦しみであったはずだ。

あれから何年経っただろう。随分長い時間が流れた気がする。はなは今、恐れていた発病もなく元気に暮らしている。1歳を過ぎれば発病の危険性はないのだそうだ。でも、彼女は今も自分を責めている。何度も通ったのにどうしてあの獣医師の怠慢を見抜けなかったのか、どうして咳が引かないと思ったときに別の病院にも行ってみなかったのか、どうしてあの獣医師を安易に信頼してしまったのか。それが彼女の責任ではないことを私は知っているけれども、彼女の心の傷はあの時のまま、今も血を流し続けている。

今の彼女にとって、
「たろのおかげでアリューシャンミンク症の研究が進んだのだから…」
という言葉は慰めでも何でもなく、それどころかより深く傷付ける言葉でさえある。たろのおかげで=たろの死のおかげで、であり、死に至らせたのは自分の判断が間違っていたからだと考えているのだから、上記を翻訳すればこうなる。
「あなたがたろを死なせてくれたおかげで、アリューシャンミンク症の研究が進んでくれてありがたい」
…言った人にそんな気持ちがこれっぽっちもないと分かっていても、自分を責める方向に考えてしまうのだ。相手の事を思って言った言葉でも、相手がそれを受け止められない状況にあったら逆効果だ。こういう言い方は相手が完全に立ち直ってからにした方が良いと思う。

今は亡き某サイトにて、ある獣医師が彼らのことを症例として紹介していた。飼い主としてそのような情報を得られることはとてもありがたいことだし、彼女やたろもフェレット仲間の役に立てるのは本望であろう。

ただひとつ、情報を扱う上で忘れないでほしいことがある。獣医師や関係のない飼い主にとっては「症例」「情報」であっても、彼女にとっては「症例」でも「情報」でもない。たろを診たこともない獣医師がその情報を共有できるのは、彼女の強い使命感と奉仕の心があってこそだ。その獣医師に悪気がないことも、より多くの人にこの病気の危険性を伝えたいという気持ちも分かる。だからこそ、彼女がどれほどの思いをこらえて協力したかということに一度でいいから考え及んでほしい。獣医師同士の情報交換であれば一症例扱いでも問題ないが、飼い主向けのサイトであれば当事者本人が見ることだって当然考えられるのだ。それを見た当事者が傷つくことのないように、慎重に言葉を選んで情報を伝えてほしいと心底思う。

「はなに友達を作ってやりたいのだけれど、感染のことを考えるとどうしても新しい仔を迎えることができなくて…。」
既にはなはキャリアではなくなっているし、新しく仔フェレットを迎えても問題はないと言われたそうだが、分かってはいても、たろの悲劇を思うと万が一を考えてしまうのだよね。つらいね。

今はウィルスの検査キットもあるのだそうだ。初期の対処さえ間違えなければ恐い病気でもないそうだ。たろの献身は彼の生きた証としてここに存在しているのだよ。ペットを飼うことからして生まれて初めてだったあなたは、自分にできる全ての事をした。自分ではそう思っていないだろうけどね。でき得る限りを越えて頑張ったよ。もう自分を許してあげなよ。十分すぎるほど苦しんだじゃない。そこまでの責任をあなたが背負い込む必要はない。もういいよ。もう十分だよ。忙しいあなたと会えるのは当分先だろうけれども、あなたとはなに会える日を楽しみにしているよ。

尚、上記は全て友人が獣医師から聞いた話であり、学術的な裏付けはとっていませんが、もし間違いを指摘されても訂正するつもりはありません。なぜならば、あの時彼女が下した判断においては上記全てが「真」であり、彼女はB病院の獣医師の言葉を信じて胸の痛みに耐えながら行動したのですから。学術的に正しいかどうか、なんて、ここでは意味のない事だからです。

ところで、パソコン、本当におかしいかも…。突然更新が途切れたら壊れたと思って下さい。


2004年3月27日

夕べは小麦の様子を夜更かしして観察していたが、運動しないわけではないようだ。夜中に元気良く走っていたし、単に起きる時間が遅くなっただけか。運動量そのものは以前に比べて減ってはいるが、やんちゃな盛りを過ぎて大人になったということで心配は要らないようだ。

小麦が遅起きになったのはもしかして私のせいか…(汗)。今いる2匹は明るさにきっちり反応する。いつまでも部屋を明るくしているせいで(一応ヤツらは陰になるようにしているが)、起きるのも寝るのも遅い生活パターンになっているのだろう。明るさに律儀…良いんだか悪いんだか(←それは正しい反応では)。

起きている間、部屋の電気を消してフィンランドで買った小さなろうそくを点け、ネットラジオから音楽を流していた。心が落ち着いてこれはなかなか良い。最近はジャズなんかをかけながら何かすることが多くなった。ジャズに関しては同じ曲がかかっても気が付かない程の疎さだが、すごく大人になった気分だ(←もうとっくに大人だって)。

Windows パソコンに入っている Windpws Media Player にあるラジオチューナーからジャンルを選択すれば世界中のネットラジオが聴ける。Real Player 等、他のソフトでも同じはず。今かけているのは、radioio jazz

昨夜はルパン三世 - カリオストロの城を放送していた。ルパン三世シリーズの中でも妙に繰り返し放送されるこの1本。やはり監督のネームバリューか。宮崎駿という名前を出せば手軽で確実に視聴率が獲れるのだろうが、ルパンには他にも良い作品が沢山ある。もちろん「カリオストロ」も好きだけど、ルパンの魅力はそれだけではない。ルパン三世 DEAD OR ALIVE【劇場版】なんかも良いよ。

子供の頃は、日曜の朝10時に30分番組で放映されていたので、欠かさず観ていた。10時半になってルパン三世のエンディングが終わり、番組が競艇に移ったときのやるせなさったら(笑)。もう一度30分番組で再放送しないかなぁ。

あら、当時の番組をまとめたものがあるのね。LUPIN THE THIRD first tv. DVD-BOXこれ、ほしいな〜。


2004年3月26日

近頃、小麦はご機嫌斜めだ。巣箱で寝るのも嫌なようで、廻し車の下にありったけの巣材を詰め込んで潜っている。詰め込みすぎて廻し車がうまく廻らないのがまたお気に召さないようだ…やれやれ。

機嫌が悪いくらいならまだ良いのだが、警戒心が強くなっているのが気になる。体調が悪いのだろうか。この前、ハムアキに膝でグリグリされたらしいので、それでどこか怪我でもしたのではないかと心配している。「もし今週中に死んじゃったら俺のせいだ…。」と小麦を見つめるハムアキに「小麦が死んだら許さんぞ。」と言ってしまったので、奴はすっかりしょげている。

特に動きはおかしくもないし、警戒心が強い以外で気になるのは廻し車に乗る時間が減ったことくらいか。でもやっぱり気になるよなぁ。

サブレはやっと自分で毛繕いを完成させられるようになった。以前よりも丁寧に、何とか背中にも届いているようだ。まだちょっと臭うけど。私に拭かれるのがよっぽど嫌だったんだろうな。拭きながら説教垂れたのが良かったのかも(←聞いてないって)。でも、まだこれでは一人前とは言えないな。もう少し拭かなくては(←拭きたいのか)。

私に背中や頭を撫でられているとき、大人しくしているが事があるが、あれは喜んでいる…訳ないか。仔ハムを選ぶ際、オス3匹の中で一番大人しく手に乗っていたものを選んだ結果がサブレだったが、サブレの性格から推測するにあれは恐怖のあまり動けなかったんだろう(T_T)。

2匹とも、散歩に出たいときは期待を込めた目でこっちをじっと見つめ、念を送っている。決してオリを噛んだりしない。奥ゆかしいな。可愛いぞ、お前達。たまにサブレが噛んでいるが、それは「早くそのメシをよこせ!」という時だけだ。その使い方は…間違ってる…ぞ。

そうこう言っている内に、小麦のご機嫌は直ったようだ。体調が悪いから運動しない、という訳ではないらしい。ま、いいんだけどね。ここんとこパソコンの調子が悪いので、小麦よりパソコンの方に「診察」が必要かも(笑)。


2004年3月22日

最近、こてつの夢を見る。普段、動物の夢を見ることはないので珍しいなと思う(起きたときに覚えていないと言った方が正確か)。ハムスターの夢を見るとしたら、増えすぎて困った挙げ句にタッパーに入れてしまってしまう人でなしの夢(里親探しのトラウマとも言う)か、大病を隠し持っているものがいるときに見る警告夢くらいだ。

今度のは、大きな病気をしていたが自分の所に置いたら治療ができないので(治療できる病院がない設定だったようだ)、泣く泣く病院のある地域に預けていたこてつに会いに行く夢だった。しかも、預けていたのが何故かクリーニング取次店。こてつは洗濯物か!?さらに、こてつは巻き毛のアメリカンショートヘアに変身していた。一体、どんな夢じゃ。

でもね、目が覚めてしばらくはボーっとしてしまったよ。夢の中で私はこてつに向かって話しかけていた。「お前を手元に置いて治療もできずに死なせてしまうよりは、寂しくても治療のできるところで生き長らえてほしい。お前を死なせたくない。もう会えないとしても、この地で生きていてほしい。」

何て切ない夢を見てしまったのだろう。私は夢の中で泣いていたのかもしれない。あいつは不思議な存在だった。私にとって、魂の一部のようなものだった。それを失った時の喪失感が甦ってきて、現実に戻るのに随分時間がかかった。

その前に見た夢は、生後10日のよちよち歩きのこてつだった。顔が見えなくても模様で分かってしまう辺りがおかしいよね(笑)。今度はアメショーに生まれ変わってどこかに飼われているのだろうか。そんなことを考えている私は変なヤツだ。こてつ、あんまり切なくなる夢は勘弁な…。


2004年3月20日

職場にいる男の子に「何か良い映画はありませんか」と聞かれた。彼は映画が好きらしい。新作もよく観に行っているようだ。でも、私は映画情報には疎い。今までで映画館に行った回数は数えられる位だし、面倒なのでレンタルもしない。テレビで放映されたのをたまたま観るくらいだ。映画を見ること自体は好きなのだが。

「映画には疎いので」と言ってもしつこく聞いてくる。で、ない頭をひねって出した答えが Legend of Fallレジェンド・オブ・フォール(邦題は「果てしなき想い」…だったかな?)、海の上のピアニストekiden[駅伝]

「Legend of Fall」の主演がブラッド・ピットだということを最後の字幕で知ったおバカさんだ。名前は知っていても顔と一致しなかったりする(^^;。新聞の言葉を借りれば、雄大な北米の大自然を舞台にある男の人生を描いたスケールの大きな作品。

「海の上のピアニスト」は、豪華客船の中に捨てられた赤ん坊が船の中で育ち、船内ピアニストとして生きた恋と人生とその終焉が描かれている。ラストはとても切ない。

「駅伝」は邦画なのだけど、テレビ放映されないところを見るとヒットしなかったのだろうか?大学で駅伝のチームメイトかつライバルだった2人の男性のその後を背景に、寄せ集めの駅伝チームが大活躍する。竹中直人が出ていると言えばテンポが想像できると思うが、「ウォーターボーイズ」と通じるところがある(それよりも前の作品だが)。こっちのラストもやはり切なくて、でも何だか希望も見えるような、気持ち良い作品。

で、何でこんな話を書いているのかと言えば、こういう事を考える機会はもうないだろうと思ったので。せっかく無い知識を振り絞ったのだから書いておかなければ(笑)。しかし、翌日、彼の脳内では「Legend of Fall」→「Field of Dreamsフィールド・オブ・ドリームス」、「海の上のピアニスト」→「戦場のピアニスト」に変換されていた。違うよ〜。野球の話でも戦争の話でもないってば〜。しつこく聞き出したくせに間違えるなよ〜。あんた、人の話聞いてないでしょ。

先日、「ドライビング・ミス・デイジー(DVDやビデオが見つからなくて これは本へのリンク)」を観ていたら、残り1時間のところでお風呂の番が廻ってきてしまった。仕方なく残りをビデオに撮ったら、なんとテープが35分しか残っていなくて、ラスト25分を見逃してしまった。これは悔しい。とても素敵な映画だったのに。早く再放送しないかな。(←借りに行け)

サブレは私に拭かれるようになってかれこれ1ヶ月。ちょっときれいになってきた。小麦と比べるとまだまだだけど。昔は2匹とも同じ毛並みだったと考えたら、小麦のようなぴかぴかツヤツヤになれるはずなんだけどなー。

ハムアキに「ドン(鈍)ちゃん」だの「お(汚)サブレ」だの言われていいのか、それで!(←いや、別に…)


2004年3月14日

昨日の「ハムスターの入浴」の話、ちょっと追伸。常連さん達はよく分かっているから心配していないけど、たまたま訪れた「知識のない人」が誤解すると困るので。

ハムスターは風呂に入れるものではありません。全身に付いた汚れを放置すると感染症の危険性が高いとか、なめてほしくない物が広範囲に付着したなどの場合に止むを得ず行うものであり、濡れタオルで拭いて解決するならそちらをとるべきです。入れるデメリットと入れないデメリットを比較して、入れないデメリットの方が大きい場合に仕方なく選択します。心身共に弱っている個体を入浴させてそれがきっかけで死んでしまったとしても、私は責任は持ちません。当然ですが。

米国のサイトでは洗い方も紹介している。日本でも、飼育書によっては洗う場合もあると書いている。本の中でも決して勧めている訳ではないが、健康を守る手法として存在している。

サブレよ・・・拭かれるのは嫌だろうが、洗われるのはもっと嫌だと思うぞ。お前のノミの心臓では、パニックを起こして死んじゃいそうだしなぁ。ある日突然トイレを使うようになるかもしれないと、ちょっと希望を持ってみたから、お前もちっとは頑張りなさい。


2004年3月13日
komugi

左は最近の小麦。散歩に出たところで固まってしまった。こういう時、ヤツらは何を考えているのだろう。

小麦は、たまにご機嫌斜めの時期がある。そんなときは、散歩に出てきて人間の足を囓ったりする。フンフンフンと匂いを嗅いでおもむろに歯を立てる。ガブリではなくハミッと歯をあてる程度だが、やられるとハムアキは涙目になっている。泣くなよ、それくらいで。痛くないってば。大体数日でご機嫌は直る。

レゲエのサブレは体から尿臭が漂う状態に陥り、私に無理矢理拭かれている。毛が固まる原因は自分の尿だったのだ。どうして毛繕いできれいにできないのかなぁ。何にしても、このままだと衛生的に問題があるのでお風呂に入れることも真剣に検討中。必要に迫られて一度だけ経験があるが、ハムスターは風呂に入れるものではない。入れる方も入れられる方もエライ事だ。

ま、私に拭かれて事態が改善するなら良いのだが。サブレ、頼むよ・・・。もしかして、体固いのか?


2004年3月10日

この数日は静かに自分を見つめる毎日だった。自分の弱さとか、もろさとか、そんなものをじっと見据えながら、あの日私に焼き付いたトラウマは、静かに記憶の向こうへ流されていった。

新しい一歩をまた踏み出そう。みんな、これからもよろしくね。


2004年3月5日

目をそらせてしまうと周りが何も見えなくなる。何がどうなっているのか分からないと、人間は余計に不安になる。目隠しして知らない場所に立っているのと同じ事。何が来ても受け止めてやると一旦覚悟してみると、気持ちはどんどん落ち着いてくる。とても不思議だ。

ついに訪れた3月4日は、何の変哲もない静かな1日だった。小麦にもサブレにも、そして私達にも、何も悪いことは起こらない、ただの1/365(366)日。私は、1年前の記憶の残像に怯えていただけ。何もやって来ないのに、見ようとしないから何か来るような気がしていただけ。

大丈夫。何もないよ。大丈夫だよ。怖がらなくてもいいんだよ。まるでハムスターに言い聞かせるように、自分につぶやいた。

事故のあった病院の前に立ち、あの時のレイラの苦しみに手を合わせた。ここに立つのは1年ぶり。あの日は確か平日で、私は仕事を休んで病院に連れていったのだったと思う。その結果がこれだ。レイラの体調の変化に気付かなければこんな事にはならなかったと思うと、皮肉な結末に苦笑するしかない。こんな事、考えても意味はないし、考える必要もないことは分かっているけれども、考えてしまうのが人間なのだろうな。

「犬や猫ならここから落ちても何ともないでしょうが、ハムスターがこんな高さから落ちたら死んでしまいます!」あの時、そう抗議した私を見るあの獣医師の顔は今も忘れない。「こいつ、何言ってんの。これくらいで死ぬ訳ないじゃない。バッカじゃないの。」そんな気持ちがありありとにじみ出た表情だった。

その獣医師は結局、謝罪もしないし過失も認めなかった。しかし、私は病院長からの謝罪を勝ち取った。それはもしかしたら、ゴタゴタする前に謝っておいた方が得策という病院の打算だったのかもしれない。どこまでが誠意かは分からない。それでも、病院が非を認めた。やるべき事はやったと思っている。

病院が非を認めなかったら、訴訟まで視野に入れてどこまでも闘おうと思っていた。例え、賠償請求額がレイラの販売価格・780円でも、訴訟費用が何十万・何百万円かかろうとも、値段の問題ではない。法の下でペットの死と獣医師の行為との因果関係を明らかにしなければいけないと思ったから。

今、ペット訴訟を起こしている人達の多くが、動物病院側が全く非を認めない状況だ。どれだけ苦しいかは想像に難くない。でも、それでも、ひとつの「形」を表せるまで何とか頑張ってほしい。それをしないことには、飼い主の心に平安が訪れることはないと思えるから。やらずに苦しむよりも、やって苦しむ方がまだマシではないだろうか。何よりも飼い主自身のために。飼い主が幸せでなければ、ペットだって幸せではないのだから。

今は、レイラのことを思い出すときには苦痛にゆがむ姿ではなく楽しかった思い出が頭に浮かぶ。動物病院のことを思い出しても、事故を起こした獣医師のことではなく、前任の獣医師とのやり取りが浮かんでくる。もう打つ手がないと告げなければならなかった時の、先生の悲しげな顔、脅威の生命力を見せた個体の報告をした時の嬉しそうな顔。信頼できた人の顔を思い浮かべることができる。私はもう大丈夫だ。

私にとっては、これが大きな一区切り。レイラの死んだ日よりも事故に遭った日の方が怖かった。その日が全ての始まりだったから。でも、これでもう3月4日という日は「ただの日」になった。あの時起こった事実を心に刻みつけ、悪夢を伴う感情を切り離すことができた。レイラも喜んでくれるだろう。見守ってくれた皆さん、ありがとう。




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