ここは恵方 [SIDE:B]      過去の日記一覧

ここは恵方 日記帳

2004年2月25日

あの時の映像が頭の中でエンドレスに再生を続ける。落ちた音、レイラのあげた悲鳴、床を這いずる姿、動かなくなったレイラのぐにゃりとした感触。私の目に、耳に、てのひらに、全てが深く刻みつけられている。寝ても覚めても抜け出せない悪夢。まるで蟻地獄のように、もがけばもがくほど深く沈み込んでいく。

いっそのこと、この記憶を消してしまえばどんなに楽だろう。苦しいよ。息が出来ないよ。

だけど、忘れるものか。いくら苦しいからって、レイラの存在自体を記憶から消してしまうなんて絶対にしたくない。飼い主である私が目をそらしてしまったら、一体誰がレイラの悲劇に目を向けてくれるというのだ。レイラの味わった苦しみ丸ごと、私が包み込んでやる。

獣医さん達よ、どうか覚えておいてほしい。手を尽くした上での死であればこちらも文句は言わない。それが過失であったとしても、原因を明らかにして自らの責任を認め二度と同じ過ちを起こさないと言ってくれれば、それも許すことができる。だが、過失であること自体を否定されたら飼い主は一生苦しむのだということを。

人間だから、ミスをするなとは言わない。ミスは起こるものとの前提で何事も準備してほしい。準備をして、注意も払って、それでも起こってしまったら、素直に過失を認めてほしい。それだけで飼い主は救われるのだから。

大丈夫。きっとあの日を乗り越えてみせる。記憶の圧力なんかに負けはしない。ここで逃げたら、いつまで経ってもここから抜け出せないからね。そんな私をレイラが喜んでくれる訳はない。リンク集に登録してくれた皆さん、ありがとう。とても励まされているんだよ。


2004年2月19日

もうすぐ、レイラの事故があった日がやってくる。どうしよう。その日をやり過ごせるだろうか。

2月に入ってからいつも頭に浮かんでいた。去年の今頃はまだ元気だったと。20日過ぎから寝ているときの呼吸が荒くなり始めたんだよなぁと。落ちた後の姿がまぶたに焼き付いて離れない。

動物病院でひどい目に遭った人は、みんな同じ様な思いを抱えて過ごしているのだろうな。ああ、3月が来るのが怖い・・・。


2004年2月18日

14日の日記が言葉足らずで誤解を招くといけないので、ちょっと補足。

室内飼いの犬や猫と一緒に飼うことを私は決して否定しない。なぜならば、本来は天敵であったはずのこれらの動物達に守られて幸せに暮らしているハムスターも現実には沢山いるからだ。

一方、動物病院に運び込まれるハムスターの怪我の中では、「室内飼いの犬(または猫)に噛まれて瀕死状態」というのも多いようだ。だから決して、同居を勧める気もない。こんな悲劇は・・・やめようね。

これは思うに、飼い主の意識の高さと犬や猫の性格によるものだと思う。「この小っこいの(ハムスター)はご主人様の大切なモノだから大事にしなきゃ」と認識している賢い犬や猫を、私は実際にこの目で何度も見ている。全ては飼い主次第なのでは。

では、なぜ自分がそれをしないかと言えば、私は子供の頃から犬と猫のいない日などない環境で暮らしていたが、うちにいたのはバカ犬とバカ猫ばかりだったから(←天上より抗議の声・笑)。要するに、彼らをきちんと躾するだけの自信が自分にないからだ。そのバカ犬にからかわれていたバカ人であるので(←本当の話)、自信がないどころか万が一を考えると恐くて踏み切れないのさ。

近頃の小麦、34g。サブレ、44g。この1ヶ月で各2g増。そろそろ頭打ちかな。もう子供じゃないし、3月になったら湯たんぽも外して大丈夫だね。で、小麦は、大きくなったのは態度だけか?(←暴言)

小麦とサブレが来て以来、うちのこたつの中は「人が足を踏み入れることを許さないデンジャラスゾーン」と化している(←誰が「許さない」んだ?)。ひとたび布団をめくると、中には小っちゃなフンやらおやつのかけらやらがわんさと出てきて、とても恐ろしくて足を突っ込めない。去年まではこんな事なかったのに〜。

夕べは、散歩時間の終わったサブレを回収しようと思って名前を呼んだがちっとも出てこない。きっとまたこたつの中だろうと思って布団をめくるとそこには、中敷きの毛布をかぶってすやすやとお休みになっているサブレ君の姿が。あのー、お散歩は終わりなんですけど・・・。

そっと毛布をめくってすくい上げると、手の上で寝ぼけて大人しくしている。んで、チャンス!とばかりに触りまくる私。いつもはせわしなく動いていて、一瞬の隙を狙って頭をなでるのが精一杯なのに、この時は触りたい放題だ。サブレ、可愛いぞ。これなら毎日でもここで寝ていいぞ。(←いいのか)

最近、ハムアキはヤツらに「隣のおじちゃん」として認識されつつあるようだ。餌係をさせているのが功を奏したようだ。が、しかし!ハムアキを覚えたら私を忘れてしまったようだ。あああああああ!なんて小っちゃな脳ミソ!!!ハムアキなんて覚えなくていいから、私を忘れないでくれ(T_T)

おまけに、ハムアキめ。勝手に呼び名を変えている。小麦は「むぎ」・・・理由はこっちの方が可愛いから。「むぎ、むぎ」言うな!小麦だって!そしてサブレに至っては「麦芽くん」・・・理由は小麦より気が小さいから。名前も麦芽大でいいんじゃないの?だと。確かにその通りなのが悔しいぞ。(←認めるな)

頑張れ、サブレ。鈍くさかろうがトロかろうが、寝ぼけているお前は可愛いぞ。(←そこに話が行くのか)


2004年2月14日
female cat

私のパソコンにひっそりと存在するこの写真。この小さな子猫は、生まれてまだ数日と見られる状態で真夏の道端に捨てられていた。猛暑の中、まだ目も開かないうちに。子猫は3匹いた。

玄関のチャイムが鳴ったあの日を今でも覚えている。
「子猫が捨てられていたんです。飼っていただけませんか・・・。」
立っていたのは中3の男の子だった。控えめだがとてもしっかりした口調で、真剣さが伝わってきた。近くで遊んでいたその子の友人が子猫を見つけ、居合わせた小中高生10人ほどがそれぞれ近所をまわって里親になってくれる人を探しているのだと言った。

当時、うちにはゴールデンハムスターの親子が4匹。育て方によってはハムスターとの共存も可能だとは知っていたが、万が一のことを考えるととても飼えなかった。今いるペットを幸せに出来なくて、他のペットを幸せにしてやれるとは思えないから。でも、飼えないからと言って話を終わらせるには、あまりにも彼の眼差しは真っ直ぐすぎた。それで、とにかくその子猫を見せてもらうことにした。

かごに入った子猫を女の子が大事に抱えていた。3匹のうち、1匹はその中の1人がもらうと決まったそうで、残り2匹のもらい手が見つかるまでは一番年長の女の子がミルクをやって育てるという。家に連れて帰って家族は大丈夫?ミルクをやれる?という私の問いかけに、その女の子は「大丈夫です。」と微笑んだ。

そうは言っても、大人の私には数々の不安が浮かんだ。育て方は分かるだろうか。家の人はサポートしてくれるのだろうか。今は勢いで動いているこの子達。でも、これが2ヶ月、3ヶ月と続いたらどうなるか。最終的に残るのは子猫を育てている女の子と、うちに来た男の子だろう。見たところ、この男の子がリーダーシップを発揮してみんなを動かしているようだし、責任感も強く、考える力もある。里親が見つからないときに、取り残された2人と子猫がどうなるか。子供達だけで何とかなるとは思わない。実際、1日毎に人数は減っていった。

かと言って、その子達が子猫を保護する以上はその保護者が子猫の行く末を決めるべきであって、私が手出しすべき問題ではない。もしも、保健所に持って行けと言う話になっても、それも仕方あるまい。その場合は、もう二度と彼らは捨て猫を保護しようなんて思わなくなるだろうけれども。だから、できる限りの事をして、何とかして里親を見つけたいと思ったのだ。

これが大人であれば、「一度手を差し伸べた以上は、最後まで責任を持って面倒を見るべし。差し伸べた手を引っ込めるくらいなら、最初から出さない方がましだ。それくらい先が読めなくてどうする。」と突き放せるのだが、この子達を相手にそんなことは言えない。若者に必要なのは行動力であって、リスクを先読みして失敗を回避する能力ではないと思うから。そんなものは年をとれば嫌でもなるのだから、今はその行動力を誉めてやるべきだ。

せめて何か力になろうと思い、知り合いに声を掛けたりポスターを貼ったりしつつ、ネットで里親募集をかけた。その子達が毎日毎日頑張っていたから。10代には10代の、30代には30代のやり方がある。無料でもらった動物を実験動物として研究施設に売り渡す輩もいると聞いていたし、何かトラブった時にはすぐに助けてやろうと思っていた。

最初にもらわれた1匹は「返品」された。動物病院に預けて授乳をしてもらっていたが、それを見つけた親が飼うことを許さなかった、返してこいと言われた、と。一方、私の所にも「掲示板を見た。ほしいのだが。」というメールが来ていながら、翌日折り返し連絡したら「すいません、もう別のを飼ってしまいました。」とシャアシャアと言う人がいて、大人って本当に無責任でずるいと思ったものだ。「返す」って何?一体どこへ?誰に返すの?もう、その子猫の飼い主はあなたの息子さんだよ。返す相手なんかいないんだよ。「やっぱり要らない」って何?昨日の今日で別の猫を飼ったってどういうこと?子供達の落胆を思うとやり切れなかった。

子供のやったことに対して、結果まで丸ごと受け入れて最後の詰めを施すのが「子育て」というものではないのか。子供のいない私には親の立場は分からないが、いないからこそ、かつての子供の立場を覚えている。大人のとるべき対処を冷静に考えることが出来る。自分の手を汚さずに、他者にその面倒を押しつけるのは「教育」ではない。私はそう思う。

それでも、3匹の内2匹は里親が見つかった。毎日毎日、彼らが人通りの多い場所で呼びかけを続けていた結果だ。そして、1匹は7日で力尽きてしまった。一生懸命育てていたあの女の子はどれほどつらかっただろうか。自らを責めていた姿が痛々しかった。でもね、人間に裏切られた子猫が、人に愛されたまま命を終えることが出来たんだよ。それは生きる上で一番の幸せなんだよ。その子猫の生きた証は君たちの心の中にしか存在しないんだ。忘れないであげて。小さな猫が一生懸命生きていたことを。ミルクをあげながら幸せだった時間を。

何かを求めて行動を起こし、自分で考えて判断するって、とっても大事なことなんだよ。一生懸命考えて、自分にできることを必死でやっていたあの子達。どうか子猫の死が心の傷になることなく、あの経験が彼らの心の栄養になりますように。

私は結局、何の役にも立たなかった。助けてやろうなんて偉そうなこと考えていたくせに。なのに、里親探しが終わったとき、男の子のお母さんから電話をもらった。こんな風に子供を育てられる人ってどんな人だろうとずっと思っていたから、本当はもっと話をしたかったのだけど、言葉が出てこなくて一言二言で終わってしまった。残念。

そういえば、ネットの里親里子掲示板でエライ目に遭った。あるサイトがウィルスに汚染されていて、書き込んだ途端に毎日何通ものウィルスメールを受け取ることとなったのだ。里親探しが終わり、書き込みを削除した途端、それはぱったり途絶えた。後で、そこは知ってる人は知っている有名な汚染サイトだと知った。サイト管理者の皆様、セキュリティにはご注意を。特に自宅サーバの方は、ね。


2004年2月11日

暮らしの手帖という雑誌を初めて読んでみた。創始者の花森さんという方の話は今までも度々目にしたことがあって、私の好きな黒柳徹子さんも愛読者だと聞いていたのでいつかは読みたいと思いつつ、何年も経っていた。それが、先日新聞の書評か何かで取り上げられていた紹介文を2件も見て、読んでみようと思った。

読んでみた感想。この編集者達は何て真面目に本を作っているのだろう。これ程、思いが素直に綴られた雑誌というのは初めて見た。出版界において、こんなに真摯で柔軟な姿勢というのは近頃珍しいのではないだろうか。訴えるものはしっかり持っている。しかし、それが偏った視点に陥らないよう常に自らを中立の立場に置いて、真実を追究しようという姿勢がはっきり読みとれる。

今回の8号が「新しい出発」なのだそうだ。先代が「素晴らしい人」と評される中での次代は大変だろう。今まで読んでいないので以前との違いは分からないが、私はとても好きだ。この号で気持ちは十分伝わるだろうから、今後の内容いかんで売れ行きも変わるだろう。雑誌なんか久しく買っていないけれども、買ってみようかなという気になった。

出版社と言っても、その在り方は様々だ。出版物を見れば編集者の価値観も分かる。創始者の信条も世代交代で失われていったり、組織が大きくなればその熱意が消えていくことも多々ある。今は、主義主張を持って何かを呼びかける出版物は売れない時代だと思うのだが。ちょっと応援したくなった私だった。

小麦とサブレは、同じタイミングで同じ行動をとることがよくあって、「兄弟だなぁ。まるで双子。」と感心する(←あの、一緒に生まれた兄弟なんですけど)。かつて、ミントとこてつは・・・ハムアキ曰く、「こてつが普通じゃなかったから似てなくて当たり前」だと。ほっとけ。こてつ、化けて出るならハムアキの所へ。

髪の話をしていたら、私のパサパサの髪を見てハムアキが言った。「小麦に艶の出し方教えてもらえば?砂浴びでもする?」・・・あたしゃ、ハムか。大きなお世話だ。ちなみに、サブレは相変わらずのレゲエ君である。ここは似てないんだよね。


2004年2月7日

数日ぶりに見たら、カウンターが25,000を越えていて、目を疑った。節分の日に「今年の恵方」を探す人が2600人も来ていたようだ。ああ、ハムスターのページで申し訳ない(笑)。

画像処理ソフトを買った。PaintShop Pro 8というヤツで、有名な Photo Shop と同じタイプの物だ。が、それよりも私には分かりやすい。 Photo Shop はPhotoshop Elements 4.0のような一般向け簡易バージョンもあるが、本体はやはり玄人向けの感があると思うのは私だけか。いや、Paint Shop にも「 Pro 」とついてはいるのだが。

以前、出版社で働いていたことがあって、その時に Mac のオペレータが使っていたのが Photo Shop だった。優秀なオペレータ達(しかもみんなアルバイトだった)はそれを自在に操り、夕日に染まった白い車を元の色に近づけることなんてちょいちょいと出来てしまったりして、「私にはとてもできん!こんな高機能ソフトは使えん!!」と思ったのであった。

Paint Shop Pro は貰い物の旧マシン(懐かしのWin95)に入っていて、あまり難しいことを考えずに操作してもそれなりにきれいに仕上がるので好きだった。でも、普段そっちのパソコンは使っていないし、データのやり取りも一度ネットを介さないといけないのが面倒で、なかなか使わずにいた。

新しい Paint Shop Pro は、使い心地もなかなかよろしい。試しに20,000 Hit のプレートを作ったので、よかったらどうぞ。きれいにひまわりが切り抜けなくても、この程度には整えてくれる。それでも文字入れにちょっと難ありなのは・・・私の腕だな。すまん。


2004年2月3日

恵方巻きはスーパーで見つけたので買ってみた。んで、東北東を向いて二人で並んで無言で丸かじり。我が家の東北東、そこにあるのはハム棚だ。ああ、これが今年の「恵方」!?いや、まあ、何て言うか・・・。しかし、黙って1本食べるのはなかなか辛いぞ。家族揃ってだったら、やっぱ途中で笑い出すだろうな。

NHKのニュースでは大阪の神社で恵方巻きを丸かぶりする人達の姿を伝えていた。みんな囓りながら笑ってる(笑)。「今年の恵方はこの方角」と言いつつ、大阪の放送局から東北東を映し出すのはなかなか粋な計らい。

節分で豆をまけるのは、その家の家長か年男年女だそうで。人生120年生きるとして(←そんなに生きるのか、おのれは)、一生に10回しかまけないんだな。今時、「家長」なんて言葉を聞くこともないが、私の育った家はそういう家だったもので、つい気合いが。(^^;

外には元気良く小さな声で(←どんな声や)、家の中は掃除しないといけなくなるので代わりにチビ達の小屋に向かって2粒ずつ。福が来たら分けておくれと言いながら。・・・お前達の福じゃ、ちっちゃい福だろうな(笑)。

久しぶりにやった節分行事、やっぱり楽しいね。お菓子を拾いに町内中を歩いて廻った子供の頃を思い出した。今はもうやってないんだろうな。

最近、何をやっても信じられないトロい失敗ばかりしている。物を落とす、倒す、こぼす、取り違える・・・。特に仕事は正確さを追求しているはずが、何でこんな間違いを!?と思う事ばかりでヘコみ気味。脳ミソが疲れているのかもしれないと思う今日この頃。人の命に関わる仕事でなくて良かったと、心底思うのであった。


2004年2月2日

肩と腕が壊れ気味なので様子を見ながらやっていくつもりですが、更新や返信が週1回程度になりそうです。大目に見てください。

2匹がうちに来て以来、初めて小屋掃除をしたハムアキ。普段はヤツの仕事なのだが、今まで忙しくてできなかったから。で、「知らない人」に家を壊されて攻撃的になっているサブレに恐れをなし、軍手をはめてチビ達をすくい上げ移動させていた。そんなに痛くないから、さっさと噛まれて「危険じゃない匂い」だと認識してもらえって(笑)。

サブレは段差が苦手なようだ。それなりに乗り越えるけど、小麦みたいにひょいっとはいかない。もがもがもがっ!よっこいしょ。って感じ。走り方も、後ろ足と腰が跳ね上がるので廻し車が上下に揺れてしまい、軸の柔なものでは廻らなくなる。仕方なく、廻し車をあれこれ物色中。手が掛かる。

小麦は、毎日やっている巨大ペレット1個3gプラス野菜その他を食べてもまだ足りない様子。さらにペレット追加してやると、すごい勢いで囓る。体重がちっとも増えないな。育ち盛りはもっと食べないと足りないのか?今までドワーフではこんな事なかったけど、こいつらホントよく食べるなぁ。こてつ並だ。ま、何でも良いけど、元気に育て。

やっと仕事が一段落したハムアキは、マイ白黒ハムスターを手に入れるべくペットショップをチェックしている。なぜ白黒か?それは一番始めに飼ったゴールデンが白黒で、可愛くて仕方なかったから。その思い出が色柄に対する思い入れになっているだけ。あれがキンクマだったら今もキンクマを飼っているだろうし、ノーマルならノーマルを飼っているだろうな。小麦とサブレがイエローなのも同じ様な理由だったりする。

ちなみに、小麦とサブレは私のハムスター。かつて、こてつは私ので、ミントは私から隣のおじちゃん(ハムアキ)に養女に出した。メスの丸いお尻が好きなヘンタイおやじなので(笑)。

さて、明日は豆をまいて、太巻き寿司に初挑戦してみようじゃないか。チビ達も炒った大豆なら安心して食べられるね。すごく良い一年でなくてもいいから、トラブルで神経すり減らすことのない一年であってほしい。




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